ダンスの歴史も定かではない

踊りで表現

    人類の歴史は謎が付き物

    分からないことがあれば探求しようとする人がいる。事実を見つけ出すことに熱を上げる人はそうした、今まで誰も知ることが出来なかった真実を歴史的に広めることを喜びとしていると、そう考えている。ただ人類の歴史における記録という記録はとても不確かだ。そしてソレが真相であるかを証明する手立ても不十分で、誰がどの様に定義すれば是となるかは複数の意見と応えが求められなければならない。1人の人間が発する言葉よりも、複数人が発した言葉のほうが重みがあるからだ。

    そうして分からない歴史的事実を見つけ出すために躍起となっている研究者は多い、それこそ長い時間を掛けて研究に研究を重ね、今まで謎という言葉でしか語られることのなかった事実を紐解こうとする。そうすることで誰も見つけられたなかった1ページを証明し、一躍時の人となれるといった俗物的な事を考えている研究者もいるだろう。

    先程から何を話しているのかというと、世の中にはいざ考えてみると実は世界としてもいまだその背景がはっきりと判明していない事実がたくさん存在しているということ。今回の記事におけるテーマとして取り上げることになるダンス 歴史,暗黒舞踏 土方巽,暗黒舞踏 評価である『ダンス』についてもそうだからだ。ダンスと言っても一口に色々と種類があるため簡単にはまとめられない、ここでいう謎とはそうしたダンスと呼ばれる体を動かす動きをする行為が一体いつから誕生したのか、ということだ。ソレこそ今でいうところのストリートダンスやヒップホップダンスといったような明確なスタイルが存在しないような、古代の時代に焦点を当ててだ。

    ダンスがいつ頃から人類の歴史として、文化として登場してきたのかと調べてみると意外にもその起源となる始まりは未だに誰にも分からないという。あーだこーだとダンスに対して情熱を語っている人たちが多くいる中で、本当の意味でダンスというものが登場したかは誰にも分かっていない。

    いくつかの起源説

    はっきりとした裏付けや証拠が見つかっていないため、いつから、何処で、誰が開発したかなど、その一切が知られていないのがダンスというものだ。大衆文化として栄えており、日本でもネットを利用した表現の場として用いられているくらいに普及しているダンスだが、それらの原初たる存在がどのようにして発生したのか誰にも分からない。何も分かっていないわけではないが、諸説存在しているという。

    • 起源1.本能的な身体動作
    • 起源2.異性(もしくは同性)に対する求愛行為
    • 起源3.呪術的行為

    上記3つの内どれかだと言われているが、どれが一番しっくり来るかだ。色々と考えてみたい面もあるので、もう少し深くまで考察してみよう。

    本能からの身体動作について

    まずは本能的な諸動作だと言われている説についてだが、こちらについては昂揚した際に体を動かさずに入られないといった、そういった時に誰に言われるまでもなく身体が動くといったところか。普段何気ない生活をしていれば、唐突に動きたくなるときもあれば、衝動に逆らえないといった時などがそうだ。誰しもあるだろう、現代では音楽という聴覚から来る刺激によって身体動作を伴う事が多く、外的要因はいくらでもある。原始の時代においても何かしらの音楽性を伴う物があったと、そういうところから来ているのかもしれない。

    求愛行為について

    2つ目に、求愛行為に伴うダンスについてだ。これについては人と言うよりは、動物に見られる行動と言えるだろう。言葉というコミュニケーションが存在していない中で唯一異性へアピールする手段となる。明確にダンスと呼べるようなものではないが、人間が動物達がそうした異性に対する特殊な動きをする姿を目撃していれば、求愛行動として認知することもあるかも知れない。

    呪術的について

    本能としてではなく、また求愛としてでも使用されないダンスとして、一番しっくり来る起源として『呪術的な意味合い』というのが、個人的には一番合っているようにも感じている。面妖な踊りを披露し、奇怪な仮面を身に付けて誰に理解されること無く、同時に人間の中でも異質の存在だなどと思われる素振りをする物が古代期にはいた。当時はシャーマンなどともいう言い方していたかもしれないが、とにかく超常的な力を呼び起こすためにダンスという供物を使った儀式が執り行われていたとすると、こちらのほうが妙に説得力があると感じるのは気のせいだろうか。

    娯楽ではなく教育という面で

    ダンスの起源こそはっきりしていないが、ともかく人が人という歴史を創りだすことになったと同時にダンスという文明も発展していった。ただ古代においては呪術的な側面は勿論、ソレをあくまでご楽という側面だけで捉えてたものとして見ていたケースは少ないだろう。今でこそ楽しいことと音楽があれば踊り狂おうなどといってダンスに興じる人もいるが、かつてのダンスとは神に対しての喜びを捧げたり、これからの繁栄を願って期待に溢れた喜びを仲間内で表現するために用いられていたと、そう見たほうがいいかも知れない。

    こうした儀式的な側面は頑としてあったが、かつては古代ギリシアにおいてはかの哲学者として有名なプラトン、さらにはアリストテレスといった教育者達もダンスをしていたという。彼らの場合は娯楽や儀式といった側面ではない、あくまで健康を維持するために用いられるものとして活用されていた。この点については現代でもダンスエクササイズという健康法が存在しているため、色々な意味で原点となっているのはこの頃からとも言える。

    意外にも古代の偉人たちも積極的にダンスがもたらす身体的な影響を見抜いていたという。儀式めいたものから果ては教育理論としても応用できるダンスという技術、歴史的な観点で分析すればこれほど謎が謎を呼ぶ文化もないかもしれない。起源という起源がどういったもので、どのように開発されていったのかも気になる。そういう意味ではプラトンらがどうしてダンスが健康にいいのかというのを見つけられたのかも気になってくる。分からないことを知るのを知ろうとする行為でいつかはその歴史的背景が解明される日を期待したい。

    Back to Top